ドイツ6〜ザクセンハウゼン強制収容所

ドイツ6〜ザクセンハウゼン強制収容所

今日は、キャンプ場から約40km走って、ベルリン郊外にあるザクセンハウゼン強制収容所にやって来ました。

ユダヤ人収容所としては、ポーランドのアウシュビッツが有名ですが、ここは各地にあったそれら収容所を束ねる本部が置かれていたそうです。

車は入口前の無料駐車場に駐めます。

このPには無料トイレもあるので、

「今夜ここで車泊したらどうだろう」

ってぱーに言ったら即却下されました。
まあ何万人も亡くなった場所ですから。
ちなみに収容所内にも何カ所も無料トイレがあったので、安心して見学できました。

まずインフォメーションがあります。ここが入口です。入場無料。

ガイドツアーに参加すると、ガイドが説明してくれます。
でもぴーぱーは無参加。独自路線派です・笑。

収容所は、放射状にバラックが配置されています。
この配置は、網走刑務所やぴーよしの出身高校を思い出させる定番レイアウト。
この中に、いろいろな当時の施設が展示されています。かなり歩くことになります。

インフォメーションから塀沿いに歩きます。
この塀と監視塔も当時の物だと思います。

この門が収容所敷地に出入りする唯一の門だそうです。生きて出られない門。

当時の写真。

悪名高きSS(ナチス親衛隊)が収容者を管理していたそうです。

門には有名な「Arbeit Macht Frei(働けば自由になる)」の文字。
アウシュビッツだけでなく、ここにもあったんですね。

中は広いです。

コンクリート壁、電流柵、有刺鉄線。

子供の頃、連合軍兵士が捕虜収容所からトンネル掘って脱走した話しを読んだことがありますが、それを思い出させます。

人体実験棟

ガラス瓶のドクロマークが恐ろしげ。

この台の上で人体実験をしたそうです。

音声ガイドを熱心に聞くあまりに、実験台に腰掛けるのは、、、

見せしめの公開絞首刑が行われた場所

これが絞首刑台。

食堂。収容者が描いたユーモラスな絵。
食事だけが唯一の楽しみだったのでしょうか。

この塔は、戦後ソビエトが建てた慰霊塔。
でもソビエトは戦後もここを政治犯収容所として使ったらしい。

ガス室のあった場所。

ステーションZと言うそうです。
Zは “お終い” “最終” の意味だそうです。
現在は土台しか残っていません。テント屋根で覆われて保護されています。

この四角い部屋がガス室。それ程広くはありません。

この部屋は金歯が付いていたユダヤ人をガスではなく首つりして銃殺した部屋。
銃声が漏れないように壁のレンガが二重になっていると、ツアーガイドが説明しているのが聞こえました。金歯は抜かれて利用されたそうです。

遺体を焼いた炉。

監視塔。
サーチライトと機関銃が据えられていたそうです。

収容バラックの二段ベッド。
脚を伸ばして寝られるサイズではありません。

トイレは壁無し。まるでどこかの国のようです。
朝昼夕の三回しか使わせなかったらしい。頻尿のぴーよしにはムリ。

シャワー室。中央の水盆から水をすくって洗わせたのでしょうか。お湯は出ません。

懲罰房。
規則を犯した収容者を入れたらしい。

そこで亡くなった人が慰霊されています。

恐ろしい展示ばかりで、目が釘付けになってしまいました。
結局昼食に一度車に戻って、再度入って、4時間ぐらい掛かりました。

ただ、もっとズシーンと精神的にショック受けるかと思ったのですが、ぴーぱー的にはそこまでではありませんでした。
どうしてかと考えたら、たぶん網走刑務所を見ているせいかもしれません(↓)。
勿論、ここで行われた事は、網走刑務所とは比べものになりませんが、目に見える光景としてはよく似ている。だから免役ついていたのかもしれません。

でもやはり恐ろしいです、、、

Campingplatz Üdersee

何て読むのか解りませんが(笑)、今日のキャンプ場。
このキャンプ場の詳細は、ぱーのブログへ。近日公開予定。

このキャンプ場から「空きあり」のメールをもらうまで、いくつもメールを出して、ほとんど返事は来ませんでした。
三連休初日。とりあえず今夜の安住の地を見つけることができました。

今日の移動距離97km。

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