ドイツ7〜歴史の舞台ベルリン

ドイツ7〜歴史の舞台ベルリン

今日はいよいよベルリン観光です。

キャンプ場をいつもより早く9時に出発して、ベルリン郊外のパーク&ライド駐車場Pankow heinersdorf Park and rideに駐めて、

無料です。

最寄りのPankow heinersdorf駅からSバーン鉄道に乗る。

構えは重厚ですが小さな無人駅です。

ちなみに改札は無いので、ホームの券売機で券買って、、、

となりの刻印機で時刻を打刻する。
打刻し忘れるとたまに車掌が検札に来て罰金だそうです。

打刻ヨシ!

8駅目のrandenbourger Tor駅下車。

ブランデンブルグ門

ナポレオンが凱旋パレードしたり、壁崩壊の時にも大きく報道されましたね。

これがそうか。

アテネのアクロポリスをイメージして造ったらしいですが、アクロポリスと較べると少々安っぽさを感じます。

ナポレオンが通ったであろう中央通路を外から内へ歩く。

国会議事堂

重々しい重厚感がありますね。
中にも入れるようですが、荷物検査に時間が掛かりそうなのでやめました。

ちなみにぴーよしは、日本の国会議事堂は外から眺めるだけで、中に入ったことはありません。
ぱーは、子供の頃社会科見学で中に入ったこともあると自慢しますが、何も憶えていないって。
じゃあ同じじゃん。

ヨーロッパユダヤ人犠牲者記念碑

ナチスドイツの犠牲になったユダヤ人を追悼する祈念碑。長方形のコンクリートの石碑が並んでいます。
地下には犠牲になった人を紹介する記念館があります。入ったけど写真は撮りませんでした。

フューラーバンカー跡

地下壕内で拳銃自殺したヒトラーの遺体を、壕の出口で焼いたその場所らしい。案内板が立っています。

グーグルに翻訳させたら、案内板には「総統地下壕跡」と書いてあります。

そのシーンは映画で観たことあるので、

ここがそうか、、、

まさに歴史の舞台に立った気持ちです。
今は何の変哲も無い団地の駐車場ですが、大変な歴史が刻まれているのですね。

壁が立っていた場所

歩道にこのような銘板がはめられていたら、そこはかつて東西の壁が立っていた場所です。市内を歩くと、よく見かけます。今は自由に歩けます。

ちなみに壁は、市内随所で見られます。

チェックポイント・チャーリー

当時東西ベルリンを行き来することができた検問所。ここも歴史の舞台です。
積み上げられている土囊は、コンクリート製のイミテーションでした。

ここも当時は一触即発の緊張感。

旧東ドイツエリアには、いかにも社会主義的な飾り気の無いマンションが建っています。(たぶんその頃の建物かと)

この配管は何だろう?
街全体に温水を配給していたヤツだろうか?

イースト・サイド・ギャラリー

壁崩壊後、世界中のアーチストが壁にイラストを描いた場所。
コッチが東ドイツ側。

一番有名なのは、ブレジネフとホーネッカーのキスのイラスト。

その他にも、幾つか人気のイラストがあるようでした。

壁はこんなに長い。でも厚さは意外に薄く15cm程度です。

それから壁は二重だったのですね。今歩いている壁の間は地雷原だったらしい。

昨日の収容所もそうですが、ベルリン観光で訪れる場所は、ほとんど全部負の遺産ばかりなのに、それが今では多くの観光客を引き寄せることになるとは皮肉ですね。

イーストサイド・ギャラリー最寄りのOstbahnhof駅からSバーンに乗り駐車場に戻りました。

Hotel & City Camping South

今日のキャンプ場。このキャンプ場の詳細は、ぱーのブログへ。近日公開予定。

今日は三連休二日目なので、予約無しでは無理かと思って、車泊難民覚悟で突撃したら、意外にも空きがありました。今日も首の皮がつながりました。

今日の歩行距離6.6km。

今日の移動距離154km。

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